ミッシェルとスマイル

『リンク』

































カタン








・・・スコン








カタン







・・・スコン








ココはフランス郊外の、静かな図書館だ。
先ほど閉館時間を迎え、最後の客を見送った後入り口の扉にしっかりと鍵を掛けてきた。
コレで誰も入って来られない。



「・・・さて、書籍の整理を終えてしまおう・・・」



そう呟き、どこだか解らない何かに力を入れる。
そして強く願う。

俺はサイコメトラー、超能力者だ。
物の位置を居のままに移動できる。

書籍が元の位置に戻りますように、と。





意識を集中し始めた瞬間、聞きなれた音が耳の中に飛び込んできた。











・・・カタン・・・スコン・・・












そう、書籍を棚から出し、戻す時に出る書籍同士の擦れる音。
最後の客はさっき見送ったはずだ。
確認もした。見渡す限り、誰も居なかった。

・・・見える客は、いなかった。













「・・・スマイル・・・」


ため息と共に出るその名前を初めて知ったのは何時の事だったか。
呆れて物が言えない。

どうしてアイツは約束事とか決まり事を耳に入れないのだろう。
前に嫌味のつもりで言ったことがあった。
妖怪は皆お前みたいな性格なのだろうか、と。
その時もアイツは活字を目で追い続けながら何ともなしにこう言った。








ン〜・・・?
もしソウだったら・・・大変だよネェ?

そして声を出さずに口だけで笑った。








・・・どういう意味だ・・・?









・・・と素直に聞き返したが、その後アイツの口からは人狼はボクじゃないだの
吸血鬼は奔放などと言った
最低限の会話を成立させるのに取敢えず単語を繋ぎ合わせたような
言葉しかでる事は無かった。

要するに会話をする気が無いのだ。
アイツが書籍を開いている時、アイツの興味はきちんと並んだ活字から
滲み出る情報に固定される。
その間に誰が何をしようと何を言おうと、アイツは何も感じない。

だから、閉館時間なんてものは今のアイツにとって、なんでもない。
意味の無い文字の並びであり、意味の無い記号なのである。

コレは本人から聞き出した事ではなく俺の憶測だが・・・。
多分、絶対当たっていると思う。

解る。
俺も書籍が好きだ。
だからこういう仕事に就いた。
表紙を開けばソコは別世界。
知る事は快感だ。
のめり込む。解る。

だがしかし。
だからと言って。
ココに足を踏み入れている以上、ココの規則に従ってもらわなければ。
そして背くからにはソレ相応のペナルティーを与えなければならない。






「・・・おい・・・スマイル、閉館時間はとっくに過ぎてるのですが」

「ン〜。・・・・ミツカッチャッタネ〜・・・まぁあんだけ音出してりゃ、無理も無いか」





何処からか素っ気無い声がする。
現に呟きとはいえ見つかったのだから姿を現しても良さそうなものだが
そんな素振りは微塵もない。
あまつさえ書籍を出しページをめくる音は未だ鳴り止まない。
この期に及んで悪びれた様子は微塵も無い。
どういう神経をしているのか。





「聞こえなかったか?・・・閉館時間は過ぎたと言っているのだが」

「ウン」





・・・ウンじゃねぇ。






「ン〜、もうちょっとなんだよネェ・・・コレ面白くってサァ・・・アー整頓?
何ならボクに構わずやっちゃってもらっても構わないヨ〜」

「五月蝿いです早々に帰りやがれ一刻も早く」






声を頼りに、1つ1つ棚の間を見て回る。
1つ目・・・居ない・・・。






「何を読んでるんだ?」

「・・・19世紀フランスアカデミーにおける美術思想前編」






2つ目・・・居ない・・・。






「・・・なんでまた急に・・・オマエの専門は音楽だろ」

「面白ければ何でもいいノ〜」






3つ目・・・居ない・・・。






意味の無い会話を無理矢理続け、一番奥、2番目の棚の間から浮いた
書籍の束が現れた。

見つけた。

間違いない。

その斜め上には三日月型の口。
一度だけ、ゆっくりと開いた書籍のページが動いた。





「ヒ〜・・・仕方ないナァ・・・帰るヨ〜」

「まったく・・・オマエは何様ですか」

「ヒヒヒ、バンドのベース様ダヨ〜☆以後お見知りおきを☆」





取敢えずメガネを外し、サイコキネシスで書籍を1冊浮かし
スピードをつけてスマイルの方へ飛ばす。
殴る気満々だったが、当たる寸前にスマイルが「ヒ」と言ったので
何となく勝った気がした。

寸止めで書籍を止めると三日月形の口が三角形に変化した。
不満そうだ。
俺は満足だが。





「怖いノン〜じゃあネ☆」

「ちょっと待て」

「ナニ〜?帰れと言ったり待てと言ったり、キミも難儀な男だネェ」

「黙れフランケンシュタイン」

「・・・ンナ!?」





俺は未だ姿を見せないスマイルの、おそらく両腕に抱えられているであろう
書籍の束を指差した。






「ソレは何ですかお客様?」

「本だよ〜ソレも面白い本!!」






野郎・・・しらばっくれる気か。
カウンターを通さずに書籍を館外に持ち出さないで下さい。

その旨を伝えると、あからさまに嫌そうな・・・口をした。
というかこの説明、一字一句違わず毎回しているのだが。
飽きないのかコイツは?
俺は1ヶ月前から当に飽きた。






「ジャアしょうがないネ・・・貸してよコレ全部」






だから何様ですか貴様は。
もう管理システム切りました。
貸し出しなんてもうとっくに終了してるんだって何度言ったら・・・
いい加減切れそうになった俺の気を察してか何なのか。






「楽しかったヨ、ミッシェル。また、来るネ〜」






カウンターに持っていた書籍の束を丸ごと置き、姿を見せたスマイルは後ろ姿だった。
そのまま空いた両手をヒラヒラとなびかせ、従業員入り口から出て行った。






「・・・何故従業員入り口を知っている・・・」






教えた覚えはない。
邪悪な目付きで従業員入り口を睨みつけて見たが、扉がミシリと
小さな音を立てたので慌てて目を逸らす。

そうだ。
いい加減仕事を片付けなければ。
窓を見ると日はとっぷりと暮れ、月がかなり高い位置まで登っていた。
館内を、月明かりが照らし昼とは違った神秘的な空気を醸し出す。

そしてそっと目を閉じ、願った。
書籍が元の位置に帰りますように、と。






「・・・っ」






3分の2は片付いただろうか?
そんな矢先に、ふと軽い眩暈に見舞われた。




・・・?


何だろう・・・?







な・・・














無理矢理歩こうとしてチカラが入らず、バランスを崩す。
駄目だ、角にぶつかる――――――――



















・・・

・・・・・・・

・・・・・・・・・・・?

痛くない・・・?












「・・・とと」























ソコには。
月明かりを背負ったスマイルが居た。





「帰ったんだヨ?帰ったんだけどネェ・・・ミッシェル」

「スマ・・・イル?」

「キミさ、最近顔色が良くないんだよネェ?気づいてた?」






そうなのか。
いやそうじゃない。






「・・・何処に居たんだ・・・今まで・・・」

「外」

「外って・・・アレから何時間経ってると思ってるんだ・・・」

「まぁ・・・ボク妖怪だし、良いんじゃナイ?」






良いのか・・・?
良く無いだろ・・・。






「ソレより具合ドウ〜?」

「あ・・・ああ、もう大丈夫だ」

「ヨカッタネ☆」






そう言ってスマイルは残りの書籍を一つずつ、棚に収めていった。

















カタン











・・・スコン











カタン










・・・スコン

最後の書籍が棚に帰り、あたりは静寂に包まれた。
スマイルの姿も見えない。

どこかには・・・居るのだろう。
さて・・・帰ろうか。



















「完全閉館、しまーす」

「ワヮ、ソレはマズイよ〜」





従業員入り口のドアの横に立っていた俺の前を書籍が横切り
風だけが当たる。
この期に及んで書籍は飛ばない。
館外に書籍を持ち出さないで以下省略。

確認するや否やすぐさま腕を伸ばし、おそらく首根っこであろう場所を
掴む事に成功する。
また「ヒ」と声が聞こえた。





「返せ」

「ひひ〜ケホッ。キビシ〜」






書籍を回収し、扉に鍵を掛ける。
やっと、閉館する事が出来た。









「ジャーネ☆」

「御疲れ様」













スマイルを見送り、一人考える。

スマイルが閉館以降も帰らない理由。
もしかすると。
俺を・・・心配して・・・なのだろうか。
最近顔色が良くないと、アイツは言っていた。
そしてスマイルはココ最近、頻繁に図書館を訪れ、そして帰らなかった。
・・・まさか。

そんな訳・・・ない・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・くそう。

辺りを見回し、誰も居ない事を確認する。
深呼吸。
























・・・。

悔しいが。

忌々しい、面倒くさい、読書好きな最愛の友に。















一回だけだぞ、敬意を現そう。
・・・小声で。





















「・・・ありがとう、スマイル」












































「ヒ」

・・・遠くで声がした。





Fin…




















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